★★

モノクロの無声映画、と言うと取っ付きにくい印象があるけれど、こと怪奇映画というジャンルにおいては有利な面もある。

ドイツ表現主義の最高峰、映画史上に残る名作であると同時に、怪奇映画の古典でもある『ファウスト』。

CGなどなかった1926年の作品なので全て手作りのセットと合成映像で撮られているのだが、影と煙を多用した重厚かつミステリアスな演出は、まさに白と黒のシンプルな色彩世界でこそ引き立つものである。

とくに圧巻なのが、巨大化した魔王【サタン】が町全体を黒い翼で覆い囲むシーン。

他にも、骸骨の馬にまたがった3人の悪魔の騎士たち(それぞれ戦争・飢餓・ペストを象徴している)が天空を駆け巡ったり、【サタン】の化身である【メフィ スト】がその力を誇示するため、主人公【ファウスト】と共に高速の雲に乗って飛行するシーンなど、おどろおどろしくもスケールのでかい演出が見物だ。

昨今のSFXと較べても何ら見劣りしないどころか、手作りならではの程よいチープさが、怪奇映画の要である不気味なムードをいっそう増している印象さえある。

加えて、【メフィスト】を演じたエミール・ヤニングスのオーバーアクトが、歌舞伎役者を思わせる濃いメイクも手伝って、じつに胡散臭いムードを醸し 出す。これなども、無声映画ゆえに表情と仕草ですべてを表現しなければならないという制約が、逆に功を奏した好例と言えるだろう。

ただし、その反面、特撮を使用しないシーンは凡庸そのもの。【メフィスト】の魔力によって若返った【ファウスト】と、ヒロインの【グレートヒェン】のラブ・ロマンスはあまりに退屈だ。

だいいち、ストーリー自体がたいへんにお粗末なのである。

狡猾な【メフィスト】の罠によって、【ファウスト】は【グレートヒェン】の兄を殺したという濡れ衣を着せられるが、その【ファウスト】は途中からな ぜかいなくなってしまう。ために【ファウスト】と婚前交渉した【グレートヒェン】が、一人で罪を背負う羽目となり、町中で晒し者にされる。

やがて一人で【ファウスト】の子供を出産するも、町を追い出された【グレートヒェン】は、吹雪の中で赤ん坊を死なせてしまったため、さらに子殺しの罪まで着せられ、挙句の果てに火刑に処されるのだ。

【メフィスト】の誘惑に乗ったがために、罪のない少女を不幸のどん底に叩き落してしまった【ファウスト】は、元の老人の姿に戻り、火刑台の上の【グレートヒェン】に許しを請う。

じつに手前勝手な話であるが、【グレートヒェン】も【グレートヒェン】で、どういうわけかそんな【ファウスト】をあっさり許し、二人仲良く火炙りに。そう、これこそが真の「愛」なのだ!

……なんとも説得力に欠けるプロットである。そもそも【グレートヒェン】が突然現れた【ファウスト】に惹かれていく心理過程がまったく描かれておらず、これではたんに男の側にとって都合の良い女性像を形にしただけだ。ここまでひどい筋書きは、現代のライトノベルにもそうそうない。