その美貌と独特の表現力にもかかわらず、安藤希という女優がいまいちマイナーな印象から逃れられなかったのは、一時期、こういう貧乏臭いZ級ホラーに出まくっていたからではないか。いくら役者が仕事を選べないとはいえ、その仕事のせいでかえって負のイメージが助長されるという悪循環。

『陰陽師 安部晴明』と同じく、学研のオカルト雑誌『ムー』が監修しているが、今回はドキュメンタリーではなく、ドラマだ。

従来「陰陽師」をテーマにした映画やTVドラマは、どれも平安京を舞台としていたが、本作は現代劇。陰陽師であり、武術の達人でもある【龍神摩利(すごい名前!)】が、失踪した父の行方を追いながら、悪の陰陽師と戦う様を描く。

これまで稲垣吾郎や三上博史、野村萬斉といった男優たちが演じてきた陰陽師を、ロリータ・フェイスの美少女が演じるというのは面白い。安藤希は、ただ可愛いらしいだけでなく、どことなく気品も漂っていて、神秘的な雰囲気がある。印を切りながら呪文を唱える姿が、とくにハマっている。

陰陽道の名門である龍神家の長女【梓】は、失踪した父を捜すため、生き別れになった妹の【摩利】と再会する。

ちょうどその頃、東京で、若者が唐突に発狂し、通行人を刺殺したあと自殺するという事件が勃発。彼らには何者かによる呪いがかけられており、その背後に父が絡んでいるという疑いが持たれた。【摩利】と【梓】は、次なる標的として選ばれた少女を保護する一方、迫り来る敵の正体を探る。

しかし、結論から言うと、この事件と【摩利】たちの父は無関係だった。若者たちに呪いをかけた犯人は、龍神家と代々敵対してきた、悪の陰陽師一族「兵藤家」の当主【道明】。

若者たちは、じつはロクでもない悪党だった。少女が働く風俗店の客をたぶらかし、金目当てで拉致監禁したあげく、凄惨なリンチの末に殺してしまう。【道明】は、殺された男の父に依頼され、彼に呪いの力を授けたのだった。

シリーズ初回である本作では、まだ【摩利】と【道明】の直接対決はない。その代わり【道明】の陰陽師が放つ「式神」と対戦することになる。

『妖魔討伐姫』というサブタイトルからして、本来なら、この格闘シーンが本作の山場となるはずだ。かつて安藤が『さくや妖怪伝』で演じた【榊咲夜】は「妖怪討伐士」という設定だったが、「妖魔討伐姫」というネーミングも、それを明らかに意識している。

『さくや妖怪伝』によって、「安藤希=アクション女優」というイメージが生まれたことは否定できない。しかし、安藤の華奢な幼児体型は、本来ならアクションにはまったく向いていないのである。

それでも『さくや妖怪伝』では「妖刀村正」という小道具を用いることで、ポーズを決めやすくしていた。しかし、全身を駆使した動きとなると、とたんに運動神経の鈍さを露呈してしまう。

加えて、戦闘態勢に入った【摩利】が“変身”するという設定にも疑問。“変身”と言っても、紫のアイシャドーを引いて、爪を鋭く伸ばしただけ。しかも、わざわざ別に声優を起用して、ドスの利いた声に変えている。こういう陳腐な演出は、かえって貧乏臭さを増すばかりだ。

そもそも、なんで本作をアクション映画にする必要があったのか? 「現代に生きる陰陽師」という設定なら、べつにアクションを用いなくても表現できるはずだ。『さくや妖怪伝』が手作りの特撮にこだわっていたのだから、今回はCGをバンバン使って、ド迫力の呪術合戦を繰り広げればいい。本来ならいくらでも面白くできたはずの本作を、こんな見るに堪えない駄作にしてしまった熊澤尚人監督の罪は重い。

しかも、である。この映画に出てくる「式神」は、いわゆる「妖魔」の形でなく、チーマーみたいな服を着た普通の兄ちゃんたちなのだ。いくら金がないとは言え、手抜きにもほどがある。特撮やCGを使えないなら、せめて衣装に凝るとかしなければだめだ。式神たちの後で、爺さんが妙なポーズを取っているのも笑える。あれ、何?

あと、ついでに言うと【龍神摩利】のインチキ占い師みたいな格好も、どうにかなりませんかね。安藤希が今まで演じてきたキャラの中で、いちばんダサい。

一方、【兵藤道明】を演じた派谷涼平は、なかなかいい味を出している。彼は式神を演じたアクション・チーム「SWAT」のリーダーで、背は低いながら、ふてぶてしい貫禄を醸し出す。線の細い安藤希とのコントラストも際立つ。

【道明】は、【摩利】たちの行く手を阻んでいるようでいて、そのじつ【摩利】の成長を促すための試練を与えているように見える。人を呪うことは、本当に許されない悪なのか。陰陽師は、たとえ呪われても仕方のない悪党たちであっても、守らなくてはならないのか。そんな問題提起をしているように思える。

しかし【摩利】たちは、【道明】の発したダウトに答えようとすらしない。泣き崩れる哀れな老人に向かって、「もう人を呪ってはダメよ」なんて紋切り形の説教を垂れ、あろうことか彼一人を夜の山中に放置したまま、さっさと帰ってしまうのだ。「(呪いをかけた陰陽師が)お父さんじゃなくてよかったね」って、あんたたち、そりゃあないだろう。

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その後、『陰陽師 妖魔討伐姫』は第3巻まで回を重ねたものの、たいしてストーリーが進展しないまま、途中で打ち切られてしまった。【摩利】たちの父の行方も、ラスボス【道明】との決闘も、ほったらかしにされたままだ。理由は公表されていないが、おそらく安藤希の事務所移籍に伴う降板によるものと思われる。

なお、なぜか第1巻だけエンディング・テーマが付けられており、安藤希の歌うバラード『永遠』が起用されている。安藤は歌手としても活動し、2枚のアルバムを出しているが、事務所を移籍してからは新曲をリリースしていない。『陰陽師 妖魔討伐姫』の打ち切りはべつにどうってことないけれど、あの麗しい歌声が聞けなくなってしまったのは寂しいかぎりだ。

さて、そんな本作には「本物の幽霊が映っているのではないか?」という噂があり、テレビの怪奇番組などでも時々取り上げられる。

悪霊に取り憑かれた爺さんが、廃屋で【摩利】たちに襲いかかる場面で、爺さんの背後にあるガラスの向こうに、白い服を着た男が立っているのだ。

2014年の夏(8月14日)にはフジテレビ系列「奇跡体験!アンビリバボー」で詳細な検証が行われた。番組内では、安藤希のインタビューも見ることができた。現在の姿ではなく、撮影当時の映像の使い回しとのことだが、結婚後は育児を理由に半ば引退して久しい(ブログは毎日更新している)だけに、ファンとしては嬉しいサプライズだった。