★★★

霧の立ち込める森の彼方から、素肌に黒いマントとベルト、ロング・ブーツを身に着けただけの美女が、まっすぐに歩み寄ってくる――。

豊かな黒髪にグラマーな肢体、濃厚なアンダーヘア、そしてアンニュイな表情が色気を醸し出すこの女性こそ、本作のヒロインである女吸血鬼【イレーナ】だ。

『ヴァンピロス・レスボス』と対にして語られる、ジェス・フランコ監督の女吸血鬼映画。『ヴァンピロス・レスボス』でタイトルどおりのレズビアン女吸血鬼【ナディーン】を好演したソリダット・ミランダが交通事故により逝去したため、本作の【イレーナ】はリナ・ロメイという女優が演じた。

レ・ファニュの『カーミラ』で知られるカルンシュタイン一族の末裔であり、自身も吸血鬼である【イレーナ】。その忌まわしき血統と決別するため、故郷を離れリゾート・アイランドに移り住むも、本能に抗うことはできず殺人を繰り返す――。

『ヴァンピロス・レスボス』の【ナディーン】が女性のみを標的にするレズビアンであったのに対し、本作のイレーナはバイセクシュアル。行きずりの好青年、ホテルの“イケメン”マッサージ師、インタビューのために接触してきた美人女性記者、SM嗜好のレズビアン・カップル……男女問わずいずれの相手をも、その厚い唇と舌で性器を巧みに愛撫し、オーガスムに導いた後、牙を立てて血を吸い、死に至らしめてしまうのだ。

『ヴァンピロス・レスボス』は随所にエロティックな趣向を織り交ぜながらも怪奇映画としての体裁を保っていたが、本作はむしろ《怪奇映画風の演出を取り入れたポルノ》といった印象である。

BGMも『ヴァンピロス・レスボス』の洗練されたジャズ・サウンドとは打って変わり、メロドラマを思わせる甘ったるい曲調で観客の眠気を誘う。

ある意味『ヴァンピロス・レスボス』以上に、監督の耽美志向が如実に表れた作風と言える。

もっとも、自分の趣味に走ろうと映画としてのクオリティを満たしていれば文句はないのだが、『イレーナ』の場合はストーリーが破綻している。

ようやくソウル・メイトと言うべき男性と巡り会えた【イレーナ】だったが、けっきょく彼も情交の末に殺してしまう。

やがて彼女は絶望のあまり、すべての吸血鬼を滅ぼすことを決意。自身も紅く染まった浴槽の中で溺死するのだが、「すべての吸血鬼」といっても映画のなかに登場する吸血鬼は【イレーナ】一人だけである。

思えば傑作の呼び声高い『ヴァンピロス・レスボス』も、隠喩を用いた幻想的な演出の一方で、自己完結した意味不明の描写も目立ち、客観的なクオリティの面ではB級の域を出ないものであった。『イレーナ』の場合は、監督の趣味がいっそう色濃く反映された分、その弱点をも強調される結果となってしまった感が強い。

なお、【イレーナ】は処女ではないのだから、『吸血処女』という邦題は矛盾しているように思えるが(原題は『FEMALE VAMPIRE』)、かつて発売された日本版ビデオでは、オリジナル版の濡れ場をただ【イレーナ】が相手の血を吸うだけのシーンに置き換えた「修正版」が採用されていた。

僕はDVD版を買う前に、中古ビデオ屋でそちらを入手したのだが、最大の見所であるエロをことごとく削除した上、【イレーナ】の股間に大きな「ボカシ」が入ったそのヴァージョンは本当に退屈極まりない代物であり、観ている途中で眠ってしまったのを覚えている。

しかし、後にパノラマ・コミュニケーションズから発売された日本版DVDは、エロ描写を復活させた「完全版」であり、【イレーナ】のアンダーヘアにも「ボカシ」は入っていない(むろんモザイクは入る)。さらには「修正版」も特典映像として収録されているので、断然お買い得だ。