★★★

「ホラー・クイーン」のイメージが強い安藤希だが、 『富江 最終章~禁断の果実~』におけるコケティッシュな演技で垣間見せたように、 コメディエンヌとしての資質も兼ね備えている。

そんな安藤が主演する『踊るやくざ 組長は、わたし!?』は、観客動員数18,500人(2006年当時)を記録したとされる舞台喜劇シリーズの映画版。同シリーズの企画・制作を行なう「株式会社ファイナル・バロック」の代表であり、実際の舞台では演出も手がける飛野悟志を始めとして、舞台版に登場する俳優たちも出演した。

タイトルのとおりいちおうはやくざ映画だが、 シリアスな雰囲気や残酷描写はほぼ皆無のスラップスティックなコメディに仕上がっている。役者たちの芝居はまさしく演劇特有のオーバーアクトで、おまけにいちいちしょーもないギャグを入れる。

ともすれば内輪ノリの鑑賞に耐えない出来になってしまいそうなところだし、実際、いかにもVシネマといった風情のチープな作りではある。が、それでも素直に楽しく観れてしまうのは、やはり舞台で鍛えた演技力と、テンポの良い編集の賜物なのかもしれない。

安藤が演じる女子大生【深雪(みゆき)】は、弱小やくざの組長の一人娘。

ダンス・サークルに所属し、楽しい毎日を送っていたが、父が急逝してしまったことで、次期組長の座に祭り上げられる。

初めの内は拒絶していたものの、敵対する組との抗争によって組員が重症を負わされたことから、跡目を引き継ぐ決心をする。

安藤は元々シャープな存在感に定評のある女優だけに、いつかやくざ映画に出るといいだろうと思っていたが、案の定ハマリ役であった。普段はふにゃふにゃした喋り方をしていても、決めるべき所ではきっちりと締め、ダンスが好きなイマドキの女のコでありながらやくざの組長、という【深雪】の二面性を見事に演じ分けている。

また、ダンスが上手いのも意外だった。「いくよ!」という威勢の良い掛け声と共にスーツ姿でビシッとキメるオープニング。そして乱闘シーンとシンクロしながら、紅いドレスを纏いサンバを踊るクライマックスは、その周囲に従える無骨なやくざたちとのコントラストによって、スマートでしなやかなボディ・ラインがいっそう映える。かつて主演した『陰陽師 妖魔討伐姫』でのしょっぱいアクションを見たかぎりでは、てっきり運動音痴だと思い込んでいたのだが……。

しかし、それだけにダンス・シーンでは、カメラがあまりにもめまぐるしく動き回るせいで全体の振り付けがわかりづらい点が惜しまれる。とくに、オープニングのダンスを締めくくる仁義を切るようなポーズは、観客を意識して真正面から捉えてほしかったが、アングルが斜めになっているためにカッコ良さが損なわれてしまった。

終盤の展開も不可解だ。ビルが爆発し、さらにその後には《TO BE OR NOT TO BE(生きるべきか死ぬべきか》という意味深なフレーズが挟み込まれる。

てっきり皆死んだのかと思っていたら、その後、何事もなかったようにハッピーエンドを迎える。

これなどは、その場のノリ重視の舞台の上でならシュールな演出として受け止められるのかもしれないけれど、こうした単純明快な娯楽作品においては、ただ無用な後味の悪さを残すだけである。

晴れて組長襲名の儀に出席するため、自室で黒い礼服に着替える【深雪】。そのシックな装いは、窓から照りつける日差しを受けて、あたかも陽炎のように儚げだ。怪奇映画に数多く出演する安藤だけに「これは幽霊なのか?」と真剣に悩んでしまった。