「氷中花」の美しさに心奪われる、【和彦】と【登美恵】。
【登美恵】が、ふと漏らした。
「こうやって――見てるだけでいい」
頷く【和彦】。
二人は、まだ【富江】を愛していた。
しかし、以前のように生身の人間として交際することは望まない。
ただ眺めるだけの、一方的な関係――。
人間にとって、それが悪魔との適切な距離なのかもしれない。
ふと、【和彦】は氷の棺と向き合う。
【富江】の美しい死顔を眺めようと、手で曇りを拭った。
だが、その時――。
【富江】が氷の中で目を覚ました。
そして、【和彦】に囁きかける。
「カ……ズ……くん……た……す……け……て」
それを聞いた【和彦】は。
氷を叩き割り、【富江】を救い出す。
やはり父の心は、まだ【富江】を求めていたのだ。
「カズ君、ありがとう」
口づけを交わす【富江】と【和彦】。
いたたまれなくなった【登美恵】が叫ぶ。
「やめて、お父さん。それ、バケモノだよ!」
「バケモノ」――
究極の悪の体現者であるとともに、究極の美の化身でもある【富江】にとって、それは絶対に聞き捨てならない言葉だった。
「――今、何て言った?」
「……バケモノ」
「許せない――お前は、許さない」
床に転がっていた鉄の器具を手に取り、ゆっくりと【登美恵】に歩み寄る【富江】。
そのあまりの気迫に、【登美恵】は逃げ出す。
だが、【登美恵】もまたシャベルを手に取った。
こうして、二人の決闘が始まる。
それにしても、なんて贅沢な映画なんだろう。稀代の美少女アイドルどうしのキス・シーンだけでも嬉しいのに、そのうえ二人は「キャット・ファイト」まで披露してしまうのだ……。
戦況は、【登美恵】のほうが優勢だった。
シャベルで【富江】の左耳を削ぎ落とす。
だが【登美恵】は、自らの行なった暴力へのショックのあまり、とどめをさすことなく逃げ出してしまう。
【和彦】のもとへと走る【登美恵】。
迫り来る【富江】は、【和彦】に命じる。
「カズくん――殺して」
「俺は、富江が好きなんだ」
【和彦】は、あっさり【富江】に従った。
【登美恵】を冷凍室に押し込めると、【富江】の手を取り、その場を去ってしまう。
だが、【和彦】は、【登美恵】への情までも捨てたわけではなかった。
じつは【富江】に気付かれないうちに、冷凍室の温度を上げていたのだ。
【登美江】は、ただ気を失っただけだった。
それからしばらく経ったある日。
家に一人で暮らす【登美江】のもとに、一本の無言電話がかかってくる。
【登美江】は、それが父からのものであることに気付いた。
「もしもし? ……もしもし? お父さんでしょ? お父さん、私のこと助けてくれたんだよね。富江さんと引き離すために、やったんだよね。お父さん。私、怒ってないよ。だってオトナだもん」
考えてみれば、ロクでもないダメオヤジである。実の娘を捨てて、愛人の元に去ってしまうなんて。
でも私は、同じオヤジとして、そんな【和彦】にシンパシーを禁じえない。
娘と同様に、【和彦】も「禁断の果実」に手を伸ばしたのだ。
父も【富江】もいなくなった。
それでも、【登美江】は寂しくない。
机の引き出しにしまった【富江】の耳は、すでに脈動し、再生を始めている。
そう、友達がいないなら、作ればいい。
理想の友達として、【富江】を一から教育するのだ……。
アンはマリーとやり直すことにした。
今度は失敗しない。いい子に育てる。
本当の親友を作るの。
悩み事が話せて、心から信頼できる友達を――。
* * *
【富江】との逃避行が失敗に終わったことで、【登美恵】が抱えていた社会からの疎外感は、いっそう深まった。
【和彦】の存在は、そんな【登美恵】をかろうじて現実に繋ぎ止める楔だった。
だが、それすらも失ったとき、少女の日常は、ついに妄想の中へと埋没してしまう。
年老いることなく、いつまでも美しく――人々が「少女」という観念に求める、果たされぬ願い。
だが、その身勝手な欲望は、いつしか形をなし、生命を宿した。
【富江】とは、永遠のロリータなのである。
【登美恵】の精神もまた、永遠に成長を止めたままだろう。
だが【登美恵】は【富江】と違って歳を取り、その肉体は醜く衰えていく。
【富江】の出来損ない。それが【登美恵】なのだ。
【富江】に取り憑かれた男が、彼女への未練を捨てきれず、自分の娘に同じ名前を付けた。
その時点から、すでに【登美恵】の宿命は決まっていたのである。
けっきょく人間は、【富江】に敗北した。
『最終章』というタイトルは、【富江】の勝利を高らかに宣言しているかのようだ。
だからこそ、エンディングを飾るバラード『羽根』が切ない。
♪生きるから 羽根などなくていい
歩くから 飛べなくてもいいの
触れないで 一人で立てるから
もう二度と探さないで
リリカルなピアノに乗せて綴られるのは、作品の内容と相反する、ポジティブな言葉。
だが『羽根』は、陳腐な癒しソングや応援歌の類ではない。
ましてや、物語の「毒」を、耳当たりのいいアイドル歌謡で中和しているわけでもない。
むしろ、その逆である。
【登美恵】と【和彦】は、【富江】という「羽根」にしがみつき、“歩く”ことを放棄してしまった。
作品世界に“ない”ものを、あえて提示することで、物語が内包する絶望感を、いっそう引き立てているのだ。
しかもそれが、【富江】を演じた安藤希自身によって歌われるという皮肉。
その美貌同様、憂いに満ちた清らかな歌声は、哀れな親子の魂を、甘く包み込む。
だが、いまや暗黒世界の住人となりはてた彼らが、ふたたび日の光を浴びることは永久にないだろう――。
<了>