翌朝、【和彦】から事の真相を告げられた【登美恵】は、いてもたってもいられずに川に向かう。

【富江】は、生首だけの姿になっても、まだ生きていた。

廃屋の中で、【富江】を育てる【登美恵】。しかし、たまたま付近を通りかかったイジメっ子3人組の一人に見つかってしまう。

【登美恵】は、【富江】をバッグに詰めて都会に出た。

しかし、しょせんは学生の身。行き当たりばったりの逃避行が、いつまでも続くはずもなかった。

おまけに【富江】は、やれバッグの中は苦しいだの、やれキャビアが食べたいだの、やれ売春か銀行強盗をして金を稼げだの、わがまま言いたい放題。

もちろん【富江】だって、【登美恵】にそんなことができるはずないのはわかっている。

だいたい【富江】は、何も食べなくたって飢え死にせず、勝手に成長する。

ただ【登美恵】を困らせたくて、そういう【意地悪】を言うのである。

なんだかんだ言って、【富江】は【登美恵】に甘えているのだ。

* * *

しかし僅かな貯金も底を突き、とうとう行き詰まった【登美恵】は、【富江】と心中することを決意する。

夜になったのを見計らって、ホテルの屋上に登り、共に身を投げようとした。

すると【富江】は、とたんに甘い声を出し、許しを乞う。

「部屋に戻ろう。キャビアもいらない。わがままも言わない。だから戻ろう?」

この件、一見すると、「究極の悪」の体現者たる【富江】にしては、いささか惨めで情けない感じがする。

しかし、だからこそ私は、【富江】というキャラクターに生々しさを感じてしまうのだ。

そもそも、【富江】が「悪」を好むのはなぜか。

それは【富江】が、ただ純粋に、快楽を追求しているからである。

自分が気持ち良くなるためなら、他人を犠牲にしても構わない。いや、それどころか、人々が自分を喜ばせようと悪事に手を染めたり、苦痛に悶えたりする様を見て嘲笑うことこそ、至上の快楽なのだ。

そんな【富江】にとって、不快感は最大の敵である。

自分自身の手を汚したり、苦痛を味わうような事態に陥ったりすることが【富江】にはいっさい受け入れられないのだ。ましてや、ビルの屋上から地面に叩きつけられたら、いくら不死身とはいえ、痛いなんて言葉ではすまない。

命乞いが聞き入れられないことを覚ると、【富江】は一転して悪態をつく。

もう、自分に快楽を運んでくれない【登美恵】なんて、用はない。

【富江】が求めるのは、無償の愛。しかし、【富江】を愛する者たちは、形の上でこそ彼女の欲望を満たしてくれるものの、その本心は、たんに彼女の美貌を手に入れたいというエゴにすぎなかった。

そんな軽薄な恋愛ごっこなんて、通常なら、美貌が衰えるにしたがって終わってしまう。

ところが【富江】の美しさは、永遠に衰えることがない。

だから【富江】の要求も尽きることがなく、ますます調子に乗って無理難題を突きつける。彼(女)らはしだいに嫌気がさし、けっきょくは【富江】を捨ててしまうのだ。

しかし、【登美恵】だけは違った。

いつも独りぼっちの【登美恵】は、【富江】以外に恋人も友達もいない。趣味も合う。

だから、【富江】のルックスだけでなく、その内面までも愛してくれるはずだ。げんに、【和彦】に切り刻まれ、首だけの惨めで醜い姿になった自分を助け、文句も言わずに育ててくれる。

そんな心優しい【登美恵】に、【富江】は母性を見い出していた。

だからこそ、【富江】は、【登美恵】を試したのだ。

さんざんワガママを言ったり、悪態をついたりするのも、【富江】ならではの不器用な愛情表現だった。

それでも【登美恵】は、【富江】を裏切らない――そんな確信があった。

ところが、【登美恵】は、【富江】を殺そうとする。

否、【富江】を道連れに、【登美恵】自身を殺したかったのだ。

あの夕暮れの公園で【富江】が囁いた「いつでもいっしょに死んであげるよ」という言葉を胸に抱いて。

しかし当の【富江】は、そんなこと、すっかり忘れていた。

だから、意を決して屋上に登った、【登美恵】の真意に気付かない。

他の愚かな人間たち同様、【登美恵】も私を裏切るのか──。

命乞いが聞き入れられないことを覚ると、一転して、くやしまぎれの捨て台詞を吐く【富江】。

「一生付きまとってやるから、覚悟しな」

その言葉には、本心が含まれていた。

【富江】自身も、気付かないうちに、【登美恵】に依存していたのだ。

しかし、それを認めてしまうことは、持ち前のプライドが許さない。

一方で、【登美恵】もまた、【富江】に幻滅していた。

あの美しい言葉は、たんなるデマカセだったのか。

私は、こんな奴のために死のうとしていたのか――。

【登美恵】は、【富江】を捨てる。

暗闇の底に向けて、落下していく【富江】。

けっきょく伝えるべきことを何一つ言えないまま。

悲しい擦れ違い──互いの心をさらけ出し、理解し合うための機会が、これから先、二人に訪れることは永久にないのだ。

<続>