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大手チェーン店ではなく、その店独自の価値判断で商品をセレクトしていた、個人経営のレンタルビデオ屋を町中でめっきり見かけなくなって久しい。
昨今のようにホラー映画が市民権を得る以前、一部の物好きな暇人たちを相手に作られてきた、有象無象の作品。そういうものを掘り出すことに、私は楽しみを見出していた。
作品の出来は、とくに期待しない。ただ、そこにどんな映像が収められているのかを、確認せずにはいられなかったのだ。
『不思議体験ゾーン』も、そんな中の一つであった。 1話約30分のオムニバス作品。上巻と下巻に2話ずつ、計4話収録されていた。 もちろん、見たことも聞いたこともない作品だ。鑑賞する前にネットで検索するといった野暮なことはしたくない。
こうなるとパッケージに記載された情報だけが頼りだが、粗筋もキャストも記載されていない。 ただ、前衛映画を思わせる抽象的なイラストが目を惹いた。明確なストーリーのない、イメージビデオのようなものなのかな、と予測した。
叩き文句にはこうある。
B級を超えたZ級ムービー、ここに登場!
家に帰って、さっそく観てみた。 本編が始まる前に、ワープロで打った文字をそのまま使ったような、ショボい字幕が流れる。 それによると、パッケージのイラストと作品の内容は何の関係もないのだという。ちょっとがっかり。
気になる内容は、いわゆる「実話モノ」。制作会社が独自に募集した一般ユーザーからの心霊体験を映像化したものだという。
いったい、いつ、どんなメディアを通して募集をかけたのか。また投稿者たちも、なんでこんな得体の知れない会社に、自らの貴重な「体験」を告白しようと考えたのか。ドラマのストーリーより、そっちのほうがよっぽどミステリアスに思える。
冒頭の字幕のショボさからしてイヤな予感がしたが、なるほど、これはたしかに「Z級」。ようするに、たんなる自主制作ビデオだった。
演技の素養などまるでないと思しき素人たちを、これまたなんの工夫もないカメラ・ワークでダラダラと撮り続ける。しかし、私には腹を立てる権利などない。「こういうもの」であることを覚悟の上で借りたのだから。
登場人物は、自分が感じていることや置かれている状況を、すべて台詞でいちいち説明してくれる。ぶつくさ独り言をつぶやきながら行動する彼らの様子は、幽霊よりもよっぽど不気味だ。
誉めるところなど何一つないように思われるが、しかしこの『不思議体験ゾーン』、しっかりと“怖い”のだ。
撮影や編集の稚拙さゆえに、深夜の公園のトイレやビル内、雨が降りしきる湖に横溢する、言いしれぬ不気味さが、ストレートに画面から伝わってくる。 何千万円もの建設費をかけて造られたテーマパークの豪華なお化け屋敷より、真夜中に山奥の朽ち果てた墓地を歩く方が、断然怖いに決まっている。「娯楽」として加工される前の、本能としての恐怖がそこにある。
それでも『不思議体験ゾーン』は、やはり映画としては評価に値しないレベルの作品だ。
しかし、私の記憶の中では、一生拭い去れないものを残した。
売り上げに応じて商品を回転させるチェーン店とは異なり、個人経営のレンタルビデオ屋は、古い商品をいつまでも置いていた。私が借りた『不思議体験ゾーン』も、薄汚い棚の片隅で、次の獲物がひっかかるのを待ちかまえていたはずだ。
あくる日も、またあくる日も――店が潰れる日まで。
その店は、やがてビルごと取り壊され、現在はユニクロが建っている。
平成の時代が終わるまでには、DVD・Blu-rayへとメディアの移行も完遂。「ビデオ・カセット」はソフトどころか、再生するハードすら気軽に入手しづらくなった。
令和になると『フェイクドキュメンタリーQ』の第1話『封印されたフェイクドキュメンタリー Cursed Video』のガジェットとして本作がフィーチャーされるというサプライズもあったけれど、
その内容自体に関心を向ける者はなく、ネット・オークションに出品されることもめったにない。
消費され、打ち捨てられていった、投稿者たちの「体験」と同じく、私だけの「体験」となって沈殿する。
(2024年9月9日 加筆修正)