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矢沢あいの原作コミックにもL’Arc〜en〜Cielにもまったく思い入れのない私が、映画版『下弦(かげん)の月』をわざわざ劇場まで観に行ったのは、邦画にしては珍しく、耽美幻想的なビジュアルを売りにしていたからだ。ゴス・ファッションに身を包んだ栗山千明を一目見たかったというのもある。
が、その期待は、もろくも打ち砕かれた。余韻に浸りながら帰りたいと思ったため、わざわざ夜の回を選んで観たというのに、まさかこんなくだらないマスターベーションを見せつけられる羽目になろうとは……。
栗山演じる主人公は、家庭で孤立し、恋人には裏切られ、人生に絶望した女子大生。
ある夜、彼女はギターの音色に誘われ、不思議な洋館に辿り着く。
そこにいたのは、【アダム】と名乗る謎めいた美青年。
二人は共にそこで一週間を過ごし、【アダム】の故郷であるイギリスで暮らそうと約束する。
ところが【アダム】との待ち合わせの場所へ向かう途中、主人公は事故に遭い、昏睡状態に陥る。
肉体を離れた彼女の魂は、【アダム】と過ごした一週間以外の記憶をすべて失い、洋館の中に閉じこめられてしまった。
そこへ、ある少女が訪れる。
偶然にも主人公と同じ時刻に事故に遭い、意識を失った彼女は、その間に見ていた夢の中で、主人公と会っていた。
彼女は、霊体となった主人公に【イブ】と名付け、失われた記憶を取り戻すべく、男友達や主人公の恋人と力を合わせ、【アダム】の正体を追い求める――。
シーンの度に入る、キザったらしい決め台詞に苦笑い。おまけに、いちいち説明口調で不自然なのだ。
監督が脚本も兼ねているが、「でもいいの! そこが彼の魅力なの!」なんてセリフ、自分で書いててバカバカしいと思わないんだろうか?
他にもおかしな点を挙げれば、朽ち果てた洋館で【イブ】が心地よさそうに暮らしている理由を、少女の男友達が冷静に分析したりする。だが、そうした無駄なセリフは、作品が目指しているであろう耽美的な雰囲気に水を差してしまう。こういう場合、いちいち言葉で説明したりせずに、【イブ】の目には洋館が美しく映っているという描写を入れたほうがスムーズなのではないか。
そのくせ、ストーリーは説明不足だ。
主人公が【アダム】の恋人の生まれ変わりなのに、なぜ【アダム】の方は誰にも転生せず【アダム】のままなのか?
【アダム】の行動自体も不可解きわまりない。病死した恋人の後を追って自殺したくせに、その生まれ変わりである主人公の首を突然絞めたりする。
殺して、「幽霊」にして、二人で天国へ行こうというのだろうか? 私の目からすると【アダム】は、人の心の弱さにつけいり、黄泉の国へと誘う「死神」としか見えない。
ラストで退治されるのかと思いきや、登場人物は揃いも揃ってお人好しで、なぜだか【アダム】の身勝手な「悲恋」に同情し、あげく悲劇のヒーローみたいに祭り上げてしまう。
「神様、彼の魂を天国でいちばん安らかな場所に眠らせてください」?
おいおい、こんな奴、とっとと地獄に落とすべきだろう。
また、主人公が現実に戻ることを選ぶ件も、その決心にいたるまでの過程がまったく描かれていないので、説得力がない。そうなると、恋人の「俺にはお前が必要だし、お前には俺が必要なんだ!」という叫びも、たんなる馴れ合いにしか聞こえない。
監督の脳内で完結した物語を、ただ形にしただけの独りよがりな作品だ。物語が内包するテーマを分析したり、登場人物たちの心模様に思いを馳せたりといった楽しみ方はいっさいできない。
では、頭をからっぽにして、ただ映像と音に心身を委ねればいいのか? といえば、そうもいかないのである。
洋館のシーンでは、カラー・フィルムを多用したライティングが行われており、まるでV系バンドのPVを観ている気分になる。しかし、それをそのまま映画に持ち込むのは、あまりに工夫がなさすぎる。仕上がりが安っぽくなる上に、長い間見ていると目がチカチカして疲れてくる。
V系と言えば、本職と同じロック歌手の役で登場するhydeが、ロッカーを“演じている”ようにしか見えないのは情けない。最初は、てっきりセルフ・パロディのつもりなんだろうと思ったが、どうやら大マジメのようなので参ってしまう。80年代に自殺したという設定なのに、彼の遺したという曲がまるっきりイマドキの「Jロック」なのも、ミュージシャンをフィーチャーした映画としては詰めが甘い。
ついでに言うと、期待していた栗山千明のゴス・ファッションも、思いのほか良くない。あの能面のような平坦な顔立ちに中世ヨーロッパ調のゴテゴテしたドレスは似合わないのだ。やっぱり栗山には『死国』の和服がいちばん良く似合う。
ただ、【イブ】と交信する少女とその男友達が一緒に謎解きをする件は、ジュブナイルっぽくて可愛らしかった。
おまけにこの二人、どういうわけだかつねにお揃いの魔法使いみたいな長いコートを纏って行動する。男友達がお茶目なゴス服を着て「下弦の月」の意味を解説するシーンなんて、いかにもV系好きの女子が喜びそうだ。