私たちが生きる現代社会において、レズビアンは元よりバイセクシュアルについても根強い偏見が蔓延っている。
特に後者は、しばしば《性別を超えた愛》などといったふうに“美化”されがちだ。
むろんそれこそただの“偏見”であり、現実のバイセクシュアル当事者の社会的認知には何ら繋がるものではない。
とはいえ、【富江】を《人間の欲望の具現化》と解釈する上では、そうした非当事者の無責任な“幻想”もまた、【富江】の人格形成の要因として考慮しなければならない。
すなわち《世間の頑迷な性規範に囚われることなく、悪びれることなく二股をかけ、さらには「親子どんぶり」までも美味しくいただく。本能の赴くまま生きる、タフで先進的な女性》というイメージだ。
そう考えると『禁断の果実』という、いささか陳腐にも思えるサブ・タイトルも別の位相を帯びてくる。
「禁断」とされているのは、けっして同性愛ないし両性愛のことではない。
愛する者のために自らの命を捧げる。
より愛する者のために、自らの手で愛する者を殺める。
人が、人であることを放棄する、
その一線を乗り越えることによってでしか、成就されえない「愛」の形がある。
* * *
【和彦】と【登美恵】、父娘二人を誘惑することに成功した【富江】。
それからほどなくして、【富江】は、二人の家にお泊まりする。
その夜、【富江】は【登美恵】に、あるゲームを提案した。
【登美恵】の書いた小説には、教会の屋根裏部屋に閉じ込められた【アン】を、【マリー】が助けに来る、というエピソードがある。
それを真似してみよう、というのだ。
【富江】は、【登美恵】に目隠しし、その手をベッドに縛り付け、部屋の灯りを消した。
「助けに来るまで、そのままでいるのよ」
怯える【登美恵】に対して、冷たく言い放つ。
「アンの怖さを感じなさい――勝手に外したら、もう会わないからね」
【登美恵】を一人置き去りにして、【富江】は部屋を出た。
暗闇の中、心細さに打ち震えながら、縛り付けられた少女がさめざめと泣き続ける――。
このシチュエーション、ロリコンのケがある人にはたまらないだろう。
しかし、中原監督は、これをたんなる悪趣味でやっているわけではない。
妄想が現実を浸食していくという恐怖を、このシーンが端的に物語っているのだ。
【登美恵】は、今まさに、自ら創り上げた物語の中で殺されようとしている。
そして、彼女に死をもたらす【富江】もまた、彼女が内に秘めた願望の具現体に他ならないのである。
『富江 最終章』のエロスには、「ドラマ」がある。
ただの思いつきではなく、作品のテーマにしっかりと結びついている。
だからこそ、気品さえも感じられるのだ。
【富江】は、階下で待つ【和彦】の元へ向かい、唆す。
「あの頃に帰りたいんでしょ? あの頃、貴方に子供なんていなかったわ。初恋、やり直したくないの?」
ためらう【和彦】に迫る【富江】。
「それでも男なの? そんなことだから、私のこと、田島くんに取られちゃうのよ!」
しびれを切らした【富江】は、さらに言葉を吐く。
「あの娘見てるとイライラする。性格暗いし、顔は地味だし。富江さん富江さんって付きまとってウザいよ!」
はたしてこれは、本心から出た言葉だろうか。
気まぐれでワガママな【富江】のことだ、多少の本音は含まれているかもしれない。
しかし、何の興味もない人間を消すために、わざわざここまで手の込んだシチュエーションを演出するとは考えにくい。それこそ、いつもしてきたように、一方的に別れを切り出せばよいだけである。
じつのところ、【富江】も、【登美恵】をたまらなく愛しているのだ。
だからこそ、その生命をも支配することによって【登美恵】を“完全に”自分のものにしたい。
そして【登美恵】は、自らの死をもって【富江】への愛を証明する。
――これこそ、まさしく究極の愛とは言えまいか。
そして、より深く愛する者のために、愛する者を殺めること。これもまた、愛の究極の形である。
【富江】は、さきほどまでの高圧的な態度から一転し、【和彦】の前に跪き、その手に触れながら、猫撫で声で懇願する。
「あの娘がいたら、やり直せない。あの頃に戻りたいの」
【富江】に問う【和彦】。
「ほんとに、やり直せるんだな?」
頷く【富江】。
やがて【和彦】は、【登美恵】の待つ部屋に続く階段を上る。
闇の中、【登美恵】は一人震える。
「助けて……助けて、マリー……」
【和彦】の後姿を見送る【富江】。
「早くして」
「――わかったよ」
だが、【和彦】がナタを振り下ろしたのは、
【登美恵】ではなく、【富江】だった。
「お前が何なのかわかった。お前は人間じゃない。バケモノだぁ!」
結果としては、「父親」としての理性に従った【和彦】だが、最後の最後まで「男」としての迷いを見せるあたりが悲しい。
自分を邪険に扱う生意気な娘より、若く美しい愛人を選びたいという気持ち。これもまた、ロリータ・コンプレックスを刺激するシチュエーションと言えるだろう。
【登美恵】と【和彦】、二つの異なった視点から、それぞれの愛の形を描いていく語り口が見事だ。