【登美恵】は、けっきょく夜が明けるまで、けなげに【富江】を待ち続けた。

しかし、昨夜、階下から聞こえた大きな物音は何だったのか――?

とうとう不安に耐え切れなく【登美恵】は、【富江】の言いつけを破って自ら束縛を解き、部屋を出る。

解体した【富江】の亡骸を廃棄し、家に戻った【和彦】は、降りてきた【登美恵】を【富江】と錯覚し、その首を締めつける。

これは、初めて人を殺め、憔悴しきったゆえの行動であるが、【富江】が【登美恵】のドッペルゲンガーであることを示唆している件でもある。

げんに【和彦】は、その後も同じように【登美恵】を殺そうとするのだが、その際に「まだ(私が)富江さんのオバケに見えるの?」と聞かれ、大きく頷いている。

【登美恵】は、やがて【和彦】の口から、【富江】の正体を知らされる。

そして、【富江】の遺体が【和彦】の手でバラバラに切り刻まれ、川に捨てられたことを知り、いてもたってもいられずに家を飛び出す。

川に向かった【登美恵】。

【富江】は、まだ生きていた――生首だけの姿になっても。

【登美恵】は【富江】を、廃屋に隠して育てようとする。

切断された【富江】の首の根本を、しげしげと見つめる【登美恵】。

「へぇ、こうなってるんだ……」

恥ずかしそうにたしなめる【富江】。

「じろじろ見ないでよ」

「……ごめん」

――このやりとりからは、妙に淫靡な雰囲気が漂ってくる。

しかも、ただイヤラしいだけでなく「富江」という素材の特性をきっちり活かしているのは、特筆に値する。

こういうシーンがあるのだから、型にはまった“エロ描写”を入れる必要などまったくない。やはり、中原監督の狙いは正しかった。

やがて、【富江】の生首からは胴体が生え始める。

同じメシばかりで飽きた、フカヒレの姿煮が食べたいなどと悪態をつく【富江】だが、その姿は駄々っ子のようで、まんざら悪い気分でもなさそうだ。

げんに、【登美恵】にお湯で身体を洗ってもらいながら、

「ずっとこうしていたい……」

と漏らしている。

だが二人の廃屋暮らしも、長くは続かなかった。

運悪く、例のイジメっ子に見つかってしまったのである。

【登美恵】は【富江】を連れて、都会に出る。

狭い部屋に一人閉じこもり、妄想に明け暮れていた少女が、性悪な女悪魔によって、外の世界に連れ出される。

【富江】との交際を通して、【登美恵】は成長していくのだ。

しかし、成長には痛みが伴う。

行き当たりばったりに家を飛び出した【登美恵】だったが、まもなく、自らの非力さに打ちのめされる。

手元にあるのは、銀行から下ろしてきた全財産。だが、たった5万円では、すぐに底を突いてしまうだろう。

愛だけではどうにもならないことがある。少女は現実を知った。

かといって、【富江】を殺した父のいる家に戻ることはできない。

廃屋にはイジメっ子たちへの捨て台詞を書き残していってしまったから、学校に行ったら、これまでよりもっとヒドいイジメに遭うことだろう。

しかも、愛しい【富江】は、励ましてくれるどころか、さらに辛辣な言葉を浴びせかける。

せっかくキャビアを買ってきても、

「こんなの、偽キャビアじゃない。あんたと同じ、ニセモノよ!」

【登美恵】に向かって、キャビアを吐きつける【富江】。

そして【登美恵】は、【富江】を風呂に入れようとした時、その胴体があまりにもグロテスクに変形していることに気付き、愕然とする。

【富江さん】は、病気なんだ。

あの綺麗な【富江さん】が、こんなに醜くなってしまった。

それなのに自分は、【富江さん】さんを病院にも連れて行ってあげられない──。

行き場を失った【登美恵】。

【富江】を抱きかかえ、ホテルの屋上までやってくる。

いつでもいっしょに死んであげるよ──。

かつて聞いた【富江】の言葉。

それを信じて、【登美恵】は心中を決意したのだ。

しかし当の【富江】はと言えば、そんなこと、すっかり忘れていた。

いくら不死身と言えども、ビルの屋上から地面に叩きつけられたら「痛い」なんて言葉じゃすまない。

「部屋に戻ろう。キャビアもいらない。わがままも言わない。だから戻ろう?」

とりあえず命乞いをするものの、【登美恵】の覚悟は堅く、受け入れられる様子もない。

「死のう?」

もう、観念するしかない――【富江】の口から吐き出される、醜い悪意の言葉。

「あんたたち、どうしょうもないばかね」

それは、【登美恵】を幻滅させるにじゅうぶんだった。

作中のBGMも、ここで途切れ、吹き付ける冷たい風の音だけが二人を包む。

――【登美恵】が、夢から醒めた瞬間だった。

「あんたのオヤジ、ずっと私のことが忘れられなかったのよ。25年間待ってたくせに、いざとなるとつまんない現実に引っ張られて私のこと殺すし。娘は娘で、育てられもしないくせに探しにくるし」

「……だって、友達だから……」

「友達だって。ばかじゃない? オママゴトしてただけじゃない」

【富江】の罵倒は、さらに続く。

「いまさら死のうなんて甘いよ。一生付きまとってやるから、覚悟しな」

【登美恵】は問う。

「――あなた、ほんとに『ばけもの』なの?」

「あんたに言われたくないわね。グズでノロマで、ネクラのくせに」

──こんな奴のために、自分は死のうとしていたのか。

「……そうだよね。こんな人間、いるわけないもんね……現実じゃないんだよ。夢なんだよね……」

【登美恵】は、【富江】を、棄てた。

おぞましい悲鳴を上げながら、暗闇の底へと落下していく【富江】。

最愛の者を自らの手で殺めてしまった罪悪感のあまり。

【登美恵】はその場に泣き崩れた。

 <続>