黒沢映画の原作としても有名な芥川龍之介『藪の中』は、人間の記憶や主観が、いかに都合良く捻じ曲げられるかを物語る古典文学である。

とはいえ、けっきょくのところ読者の記憶にもっとも印象強く残るのは、《愛する妻を目の前でレイプされる》という、悲惨きわまりないシチュエーションではないだろうか。

だとしたら『藪の中』を「ポルノ小説」として解釈したとしてもおかしくはない。おそらくこの映画版はそんな発想から生まれたのだろう。監督は「ピンク映画四天王」の一人として名を馳せる、佐藤寿保が務めた。

さて本作は、原作のキャラクター設定が大胆に改変されている。

武士の【金沢武弘】とその妻【真砂】、盗賊の【多嚢丸】に加え、本作のみのオリジナル・キャラクターとして、検非違使(平安時代の警察)で【真砂】の兄である【森川中正】が登場する。

その上、【多嚢丸】に妻がいたという設定になっており、件のレイプ・シーン以外にも、随所で露骨な濡れ場が繰り広げられる。

人間関係の変化に応じて筋書きも大きく異なる。本作は【中正】を主人公に据え、妖魔の棲む森の中で失踪した【真砂】を追い求める。

すなわち本作には、『藪の中』を「怪奇映画」としてリメイクするという意図もある。考えてみれば【多嚢丸】に殺された【武弘】が巫女の口を借りて「真相」を語るという原作の形式は、いかにもオカルト的だ。

さらに本作は、巫女の妖力によって【中正】が【武弘】と主観を共有することで、妹である【真砂】との近親相姦的な関係性をも匂わせる。【真砂】が砂丘を全裸で歩くシュールなエンディングにも、アート志向のエキセントリックな作風で知られる佐藤監督の美学を伺うことができよう。

このように意欲的な取り組みがなされた作品であるが、なんともいえない映像の貧乏臭さがすべてを台無しにしている。とくに、CGは使うべきでなかった。お堂から魔物がビヨーンと飛び出してくるシーンなんて悪い冗談としか思えない。